戦後80年にして初めて日本の近現代史、特に第二次世界大戦に日本が参戦し、結果として大敗北をしたのか考えてみました。敗戦の廃墟の中で、戦前は鬼畜米英と憎んでいたアメリカに子犬が尻尾を振るように、民主主義という思想に心を解放された人が多くいたと思います。戦前の戦争を遂行する軍部の強制的な重圧に耐えていた国民が、その反動で、やっと戦争が終わったという安堵感がありました。進駐してきた米兵のフランクな態度は、戦前の日本軍人の強権的な振る舞いと比較すると親しみが湧くものでした。
真珠湾攻撃がこの戦争の実質的な起点でしょうが、そこに至る経緯を歴史的に考察すると、裏にある事情が積み重なり開戦をせざるをえない状況になっていたことを知りました。
歴史は繋がっている
何事も突然に起こることは有りません、起こるべき原因があり、結果が引き起こされます。大戦について書かれた本を数冊読んでみましたが、語ることが多すぎて簡単に説明しきれないことがわかりました。そこで視点を変えて、北野幸伯著「日本の地政学」(育鵬社、2025)から戦争の原因を探ってみました。
地球上に多数の国家が存在していますが、その国家が成立するには地理的要因が存続に大きな影響を及ぼしています。「地政学」という学問が登場したのは、19世紀から20世紀にかけてのことで、比較的新しい学問といえます。地政学の祖と呼ばれる人は、イギリスの地理学者マッキンダー(1861~1947)で、独自の視点で世界を見ています。北野氏の本から要約してマッキンダーの見方を紹介します。
マッキンダーの地政学
・彼の見方は、ユーラシア大陸とアフリカ大陸は一つの島(世界島)とし、その心臓地帯をハートランドと呼びソ連の領土をさし、崩壊後はロシアと考えられます。ロシアを囲むように欧州、中東、インド、中国などの半月弧(リムランド)に位置する国々があり、更にその外側には、外周の半月弧、イギリス、南アフリカ、オーストラリア、アメリカ、カナダ、日本などがあるという地理観になっています。
このような地理観を持ったマッキンダーは、1914~18年の第一次世界大戦は「島国人」と「大陸人」の戦争と見ています。その主戦場は、フランスの半島部の内陸側の前線で、その一方の陣営は、英国、カナダ、アメリカ合衆国、豪州、ニュージーランド、それに日本などです。これらはことごとく島国です。マッキンダーの考えでは、第一次世界大戦によって、ドイツ帝国の世界島支配、それに続く全世界の支配を阻止できた。しかし、「また、同じ野望を持つ国が現れるかもしれない」と主張しています。
マッキンダーの言葉に「東欧を支配する者はハートランドを制し、ハートランド支配する者は世界島を制し、世界島を支配する者は世界を制する」と語っています。この最悪の事態を起こさないために、どうすればよいか、そのためには東欧が支配されないように強化すべきだと考えています。しかし、第一次世界大戦が終わったわずか21年後、ヒットラーが東欧支配を目指し、第二次世界大戦が始まります。イギリスは、アメリカ、ソ連の力を借り、ナチス・ドイツに勝利しました。ところが、今度はハートランド(ソ連)が東欧を支配することになった。東欧、ハートランド支配を完了したソ連は、マッキンダーの予測通りに全世界に勢力を拡大していきます。イギリスに代わって覇権国家となったシーパワー(海洋国)超大国アメリカは、西欧、中東、東アジアを支配することで、ハートランド・ソ連を封じ込めたのです。冷戦は第二次世界大戦直後から1991年末にソ連が崩壊するまで続きました。
ここまでは「マッキンダーの教え」ですが、ここからは北野氏がマッキンダーの教えをベースにして日本の地政学を述べています。
日本の地政学―日本は「東洋のイギリス」
日本の位置は「地政学的」に見ると、外周の半月弧に属しています。この半月弧に属する国でユーラシア大陸のすぐ近くに位置している島国は日本とイギリスです。地政学的にいうと、日本とイギリスは似ていて、「日本は、東洋のイギリスだ」ということもできます。イギリスの絶頂期は「ビクトリア女王(在位1837~1901)の時代だといえます。この時代、イギリスは世界中に植民地を持ち、「日の沈まぬ国」と呼ばれています。イギリスは、まさに19世紀の覇権国家でした。しかし、20世紀になると、ドイツと第一次、第二次世界大戦を戦い、没落していきます。そして、覇権はシーパワー超大国のアメリカ、ハートランドでランドパワー超大国のソ連に移っていきました。「20世紀はアメリカの時代だ」といわれます。確かに、世界規模で見ればその通りでしょうが、アジアに限定して見るとどうでしょうか?「20世紀のアジアは、日本の時代だった」といえるのではないでしょか。
日本は1894~95年の日清戦争に勝利し、「アジア最強」の地位を得ました。さらに、1904~05年の日露戦争に勝利し、アジアのみならず、世界の大国へと浮上した。私たちは、「日露戦争勝利」の意義を過小評価しています。ですが、これはまさに「世界史的事件」だったのです。
マッキンダーは1904年、「地理学からみた歴史の回転軸」の中で、ロシアについて以下のように語っています。「いわばロシアはかってのモンゴル帝国に代わるべき存在である。昔は騎馬民族がステップを中心にして、遠心的に各地に攻撃をかけていた。が、今ではロシアがこれに代わって、フィンランドに、スカンジナビアに、ポーランドに、トルコに、ペルシャに、インドに、そしてまた最近は中国というふうに、次々と圧迫を加えている」と述べています。
つまり、この時点で、イギリスにとって最大の仮想敵国はロシアだったのです。これを、明治維新から37年しか経っていない東洋の小国が打ち破った。世界中の人がどれほど驚愕したか、想像してみるべきでしょう。しかも、マッキンダーは、日露戦争が始まる前に、「日本が中国、ロシアを征服する」可能性まで考えていたのです。
日本の運命は暗転
日本のその後を見ると、第一次世界大戦(1914~18年)で、イギリス側につき、戦勝国になっています。しかし、日本の運命は暗転します。1931年、満州事変が起こり、関東軍は満州全土を占領。1932年満州国建国。1933年、満州問題で国際連盟を脱退。日本は孤立していきました。1937年、日中戦争勃発。この戦争で中国は、アメリカ、イギリス、ソ連の三大国から支援を受けていました。日本は「勝ち目のない戦争」に突入していきます。この時点で欧米列強は、日本のことをどうみていたかです。
ミアシャイマーシカゴ大学教授の見方を紹介しています。
「アメリカが恐れていたのは、日本が東側からソ連を攻撃し、ドイツ国防軍がソ連赤軍を打ち破るのに協力することだった(中略)この可能性を排除するために、アメリカは日本に対し1941年後半から経済や外交の面ですさまじい圧力をかけ始めた。ここでの狙いは、単に日本のソ連攻撃を阻止するだけでなく、中国、インドシナ、満州、そしていかなる日本のアジア支配の野望をも断念させることにあった。アメリカは日本に強力な圧力をかけ、二等国家にしてしまおうとしたのである。」
ミアシャイマーは、ここで何をいっているのでしょうか? 第二次世界大戦が始まったのは、1939年9月です。この時点で、ドイツとソ連は、不可侵条約を締結していました(1939年8月23日)。しかし、1941年6月、ドイツはソ連攻撃を開始した。当時ドイツの同盟国だった日本が、即座に参戦してソ連攻撃を開始したらどうだったでしょうか?
西からナチス・ドイツが、ソ連を攻撃する。東から日本が、ソ連を攻撃する。ソ連は、東で日本と、西でドイツと戦うため、戦力が分散されることになります。それで、敗北する可能性が高まる。結果、ソ連は、日本、ドイツ連合軍に敗北する。するとどうなるでしょう?
ドイツは、イギリス以外の欧州とソ連の西半分を支配する。日本は、朝鮮半島、満州、中国とソ連の東半分を支配する。アジアと欧州に、「反米的な巨大帝国」が誕生することになる。だから、アメリカは、ドイツがソ連攻撃を開始した1941年6月時点で、「日本を叩きつぶすことを決めた」というのです。このことは、何を意味しているでしょうか?当時のアメリカは、「日本は、朝鮮半島、満州、中国、ソ連の東半分を支配するパワーを潜在的にもっている」と見ていました。マッキンダーは1904年時点で、日本が中国とロシアの全部を支配する可能性を指摘しています。そして、1940年代初めの時点でも、日本は、欧州列強から大いに恐れられる存在だったのです。
日本は第二次大戦で敗北しました。しかし、その後、ほとんど即座に復興を開始します。そして、敗戦からわずか23年目の1968年、日本はGDP世界2位に浮上。以後、20世紀中は、ずっと世界2位の地位にありました。日本がGDP3位に転落したのは、新世紀に入った2010年のことです。
以上、北野氏の日本が第二次世界大戦に参戦したことの地政学的見地からの見方を示しました。この世界史的視点に立つと、明治以降の日本の戦争を俯瞰して見ることができて、私としては頷くことができました。しかし、戦争という現場では、何の罪のない多くの人々の命が失われ、決して容認できるものではありません。日常生活で、一人でも殺害すれば重大な罪を負うことになります。しかし、戦争になると、戦闘員は全員殺人者になり、敵に多大の損害を与えると勲章が貰え、名誉とされる矛盾は、人間が生きている限り解決されない問題なのでしょうか。
ブッダが人生は苦であると悟ったように、それならどのような生き方をすると幸せになるかを説いています。しかし、ひとたび戦争になると、すべてを破壊して止まない武力に引きずられる人間の弱さを感じます。
戦争が避けられない人間
現在でも、ロシアによるウクライナ侵攻とイスラエルによるガザ地区への戦闘行為を地政学的に見ると避けられない戦争のように思います。戦争では軍事力の劣勢な国に多くに犠牲者が出ます。80年前の日本は、アメリカの猛攻に遭い国土は焦土となり、多くの民衆が亡くなっています。完全に勝敗は決まっているのに、新しい新型爆弾の効果を確認するかのごとく、広島と長崎に原爆を投下して一瞬にして数十万の民間人が犠牲になりました。戦争遂行者は自分の家族や親族などの親しい人以外の死は、無機的なもので心が痛むことはないのでしょう。だから戦争反対と叫ぶ言葉は、残念ながらプーチンやトランプ、ネタニヤフなどの指導者に届いてないと思います。しかし、無駄なようでも意思表示をしなくては庶民の心は安まることはありません。仏教国のタイやミャンマーでも権力欲と金銭欲のある一部の指導者が、軍事力を背景に政治を支配しています。軍事力を持ったリーダは何時の時代でも、領土拡張の野心が起こることは歴史が教えています。人類は戦争を避けて、平和裏に暮らす智慧を個人レベルではできるのに、集団となると利害の調整が出来なくなり、武力で決着をする道を歩んでいます。