生きるとは何か - No.89

日本の伝統と神道

2019年6月1日発行

1 新元号に思う

平成31年4月1日に新元号が「令和」と発表されると、少しの驚きをもって多くの人たちの喜ぶ表情がテレビで放映されていました。平成は、天皇の崩御により改元され、悲しみの中にあって迎えたので、新元号に対する感情は控えめで、静かに新しい時代を迎えた印象が残っています。しかし、今回は皇位継承に先立ってなされ、新元号への期待感と共に、時間的な心の余裕があり、お祭り騒ぎの日々が続くようで、結構な経済効果がでると思いました。

出典が日本の古典である万葉集からというのも、新たな一歩を踏み出した感じです。新聞(東京新聞、4月2日)に中国古典を踏まえてと題した記事がありました。そのなかで『しかし二世紀の後漢の時代に活躍した張衡(ちょうこう)の詩文「帰田賦」(きでんのふ)には「仲春令月、時和気清」(春は二月、季節は穏やかで空気は澄んでいる)』という一節がある。笹原氏は「万葉集の序文は張衡の帰田賦や、(中国の書聖)王羲之の「蘭亭序」など、万葉集以前の中国古典を踏まえているようだ」と指摘』と述べています。

8世紀の日本人は、中国からの漢字文化に精通していて、万葉集には皇族、貴族、農民、防人(さきもり)など全国各地の幅広い階層からの歌約4500首が収められているのですから文化的素養が高かったことが偲ばれます。

参考のために出典を同新聞から記載します。

出典;『万葉集』巻五、梅花の歌三十二首併せて序

引用文:初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香

書き下し文:初春の令月にして、気淑(きよ)く風和(かぜやわら)ぎ、梅は鏡前(きようぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす

現代語訳:新春の好き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉のと

く白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている。

*出典の現代語訳は、中西進氏著「万葉集」から引用

2 万葉集の頃の日本

日本史歴史年表{『日本史総合図録』(山川出版社、2000年)によると、「771年この頃より780年代にかけて「万葉集」なる」と記載されています。 天平文化と言われる時代で、710年に平城京に遷都があり、太安万侶が「古事記」を編さんしています。

仏教では、薬師寺、法隆寺、東大寺などの大寺院が建立されるが、皇室主導の国家安泰を願うもので、民衆は有り難く参拝する立場にいたのでしょう。9世紀に入り、最澄、空海が中国で学び天台宗(805)、真言宗(806)を開宗し、ようやく民衆に仏教が身近になったと思います。それ故、万葉集が詠まれた頃は、民衆は古事記や神道の世界にいたと推測しました。「生きるとは何か」で以前検討した神道と古事記に関連した箇所から関係深いところを再録します。

神道が根っ子にあった

日本は、辺鄙な田舎町にも、お寺の一つや二つあり、主な宗教は仏教であると漠然と思っていました。しかし、有名な京都の葵祭は、下鴨神社と上鴨神社のお祭りであり、祇園祭は八坂神社の山鉾行事ですし、東京の三社祭は勇壮な御神輿による祭礼で、浅草神社奉賛会で運営されているとのことです。豪華な山車で有名な高岡祭りは高岡關野神社の春季例大祭で、同じような壮麗な動く陽明門と言われる屋台が出る高山祭りは、春は日枝神社の例祭で、秋は桜山八幡宮の例祭とのことです。このように日本の代表的なお祭りは、仏教寺院とは関係なく、町をあげてのお祭りは神社と氏子が運営しています。華やかなお祭りは神社が、死者の弔いはお寺でするものと役割り分担ができているように思われます。

神社本庁のホームページから神道とは、神社とは何かと調べてみました。最初に「神道への誘い」の項目がありましたので、そこから一部転記します。

街中の赤い鳥居、田んぼの中のこんもりした森、山の頂の小さな社、全国至るところに神社はあります。神社のある風景、それは映画やドラマでもおなじみの、ごく身近な、しかし日本にしか見られない独特の風景です。

このような神社を中心とした、日本の神々への信仰が神道です。

神道は、日本人の暮らしの中から生まれた信仰といえます。遠い昔、私たちの祖先は、稲作をはじめとした農耕や漁撈などを通じて、自然との関わりの中で生活を営んできました。自然 の力は、人間に恵みを与える一方、猛威もふるいます。人々は、そんな自然現象に神々の働きを感知しました。また、自然の中で連綿と続く生命の尊さを実感し、あらゆるものを生みなす生命力も神々の働きとして捉えたのです。そして、清浄な山や岩、木や滝などの自然物を神宿るものとしてまつりました。やがて、まつりの場所には建物が建てられ、神社が誕生したのです。このように、日本列島の各地で発生した神々への信仰は、大和朝廷による国土統一にともない、形を整えてゆきました。そして、6世紀に仏教が伝来した際、この日本固有の信仰は、仏教に対して神道という言葉で表わされるようになりました。

神道の神々は、海の神、山の神、風の神のような自然物や自然現象を司る神々、衣食住や生業を司る神々、国土開拓の神々などで、その数の多さから八百万の神々といわれます。さらに、国家や郷土のために尽くした偉人や、子孫の行く末を見守る祖先の御霊も、神として祀られました。奈良時代にできた『古事記』『日本書紀』には、多くの神々の系譜や物語が収められています。

神道の信仰が形となったものが祭りです。祭りは、稲作を中心に暮らしを営んできた日本の姿を反映し、春には豊作を、夏には風雨の害が少ないことを祈り、秋には収穫を感謝するものなどがあり、地域をあげて行われます。祭りの日は、神社での神事に加えて神輿や山車が繰り出し、たくさんの人で賑わいます。神道の祭りを行うのは、神社だけではありません。皇室では、天皇陛下が国家・国民の安寧と世界の平和を祈るお祭りを行われています。また、家庭では、神棚の前で家の安全、家族の無事を祈ります。これも小さな祭りといえます。

神道のもつ理念には、古代から培われてきた日本人の叡智や価値観が生きています。それは、鎮守の森に代表される自然を守り、自然と人間とがともに生きてゆくこと、祭りを通じて地域社会の和を保ち、一体感を高めてゆくこと、子孫の繁栄を願い、家庭から地域、さらには皇室をいただく日本という国の限りない発展を祈ることなどです。このような理念が、神々への信仰と一体となって神道が形づくられています。また、神道には、神々をまつる環境として、清浄を尊ぶという特徴があります。神社は常に清らかさが保たれ、祭りに参加する人たちは必ず心身を清めます。これら神道の理念や特徴は、日本人の生き方に深く影響しているといえるでしょう。

神道は、日本の民族宗教といわれ、日本人の暮らしにとけ込んでいます。たとえば、初詣や厄除、初宮参りや七五三、結婚式や地鎮祭など、神道の行事は日常生活のいたるところに見かけることができます。しかし、一般の日本人は、あまりにも身近なせいか、神道について知らないことが多いのも事実でしょう。

初めて神社について調べてみました。神社本庁のこの説明は分かりやすく、日本人の私たちには子供のころから染みついた心情や感情であると思いました。お祭りなどはあまりにも身近な行事で、神道がどうのこうのとは深く考えることもなく受け入れていました。

神社の宮司は、神様と私たちを取り結ぶために儀式を行う仲立ち人のよう存在で、人生の苦しみを乗り越え悟りを目指す修行僧の雰囲気はないように思います。田舎の神社では普段は、ひっそりと社の扉は閉められているが、祭礼があるときに神主さんが来て、祝詞やお祓いをする風景を見かけます。神社を囲む風景は、地域に生活する人々の日常生活に溶け込んで、なんの違和感を覚えることがありません。

伝統が伝わる「いのち」の流れとは

今、私であると認識している身体は、遅かれ早かれいずれ寿命が尽きます。身体は物質であり、自然の法則に沿って変化しますので、消滅は避けることができません。心はエネルギーの流れですが、身体と不可分の関係にあり、身体の死と共に働いていた心のエネルギーの流れもなくなることになります。

それでは「いのち」の流れがつながっているとはどのように理解すればよいのか疑問が残ります。日本人の精神世界に古くから影響を与えているものは、神道と仏教であると思いますが、神道も日常の中にしっかりと根付いています。私の田舎でも、両親がいる頃は仏壇と神棚があり、仏壇は身近な親族の霊に、神棚には神殿があり、遠い先祖を神として祀り、毎日、父が新しい水に替えて手を合わせて柏手を打っていた姿を思い出します。仏教についてはそれなりに勉強もし、本も読みましたが、神道の何たるかは知らぬままにしてきました。現代の日本では、身近な「いのち」のつながりは仏教で、遠い先祖からの「いのち」のつながりは神道の神様として祀っているのが私たち一般庶民の感覚です。

神道から見た「いのち」の流れ

最近目にした東方第三三号(公益財団法人中村元研究所2017年)に第九回神儒仏合同講演会の記録が載っています。そこで湯島天満宮禰宜の小野善一郎氏が「古事記」のこころと題して、「今を生きる」ということを神道の立場から話されています。神道は深く私たちの生活に根ざしています。私などは、教えの根源は、この世に存在しているあらゆるものを敬う心であると理解していました。古事記は、単なる古代人の神話物語である、との理解の程度です。今回はその深みを覗かせてもらったような思いです。

「今を生きる」ということで、いちばん大切なことは「自分とは何か」という命題だと思います。神道では、わたしたちは天地(あめつち)の御霊を受けた存在、もともときれいな存在、そのきれいな御霊に戻ることが出来るということが祓(はらえ)の根本にあるものです。神道とは、言語化できない世界、初めからある天地一貫の「いのち」を儀礼を通して今日まで守り伝えてきたものです。ですから、本当は言葉で説明するものでなく、祓え(はらえ)に始まり、祓えに終わるのが正しいのです。

( 東方第33号、五頁)

祓えの眼目は、「わたしたちの本性は神様だよ」ということです。この場合の神様は唯一絶対神である「ゴッド」とは全く異なります。日本の神様は私たちと血の続いている先祖です。ここをしっかり押さえることが大事です。私たちの中には天地(あめつち)の初めからある「いのち」が宿っているのです。これを日本人は神様と呼んだのです。その天地初めの「いのち」に復帰することができる、ということが大祓詞(おおはらえのことば)です。

( 同、 八頁) 

私たちの先祖は、大宇宙本源の「いのち」が、自分自身の身体の中にも流れていることが分かっていたのです。今、私たちは、この自分の中に流れている「いのち」が見えていないのです。自我の奥に実在している「いのち」を感得できれば、物の背後にある「いのち」が明瞭に分かります。

( 同、九頁)

神道では、人間の「いのち」は、宇宙の本源からつながっているとの見方をして、その天地から一貫してつながっている「いのち」を儀式として「祓え」を行い、「大祓詞」を奏上しているのであると知りました。特に、「自我の奥に実在している「いのち」を感得できれば、物の背後にある「いのち」が明瞭に分かります」という言葉は仏教の教えにある心と物質(身体)の関係を二元的に見る考え方と通じるものがあると思います。

大祓詞にある「天(あま)つ神は天の磐戸を押し披(ひら)きて」とは、天つ神がおられる高天原の入り口にある堅固な門が押し開かれることです。その堅固な門は、私たちの心の中にもあります。我欲我見という難攻不落の高くてとても堅い門です。つまり、私たちは悪口、嫉妬、傲慢な心、比べる心、不安な心、妬む心、疑う心、これらが天の磐戸です。          

(同、一一頁)

神道には人間は生まれながらにして罪を持つという、いわゆる原罪の観念はないのです。私たちは天地のきれいな御霊を受けて生まれてくる。後天的に私たちは自我の心がつくりだす罪穢れが、祓われたならば、本来の清浄な状態に戻ることができるというのです。

(同、一二頁)

神道というのは、「中今」の信仰です。永遠の中今、始めがないですから無限の過去ですな。そして無限の未来に向かってのここが接点なのです。それを神道では、「中今」。永遠の中の今というのです。私たちひとりひとりの中には、天地初めからの「いのち」が宿っているのです。しかし、あまりにも身近なために私たち自身が気づかない。そして私たちは、誤って自我の心を本心と誤認しているのです。大祓詞は利己的な自分を捨て去って、先祖の天つ神の御心と一つになる祝詞(のりと)です。

(同、一二頁)

 古事記にでてくる高天原の入り口にある堅固な門が押し開かれる「天の磐戸(いわと)」の話は、中学生ころから昔話として知っていましたが、その意味するところについては説明を受けた記憶はありません。

天の磐戸が、人間の本源に根ざした、心の在り方である我見我欲を表徴していると知って少し驚いています。日常生活の中で、特別な行事があると神社でお祓いを受けていましたが、無病息災、交通安全、世界平和などを祈願するだけで、深い意味も知らず、また知ろうともしていませんでしたお祓いを受けると何となく心が安心する感じでした。

 スマナサーラ長老の説法を聞き、書籍を読んで、人間は自分の心をコントロールすることがいかに難しいか、またそれを改善する術も、知らないままに生活しているかを気付くことができました。心の制御が、如何に難しいかという立場にたって見ると、神道でのお祓いや祝詞を挙げたくらいで、心が清浄になるのは不可能に近いと思えます。

最近の事例ですが、伝統ある富岡八幡宮の神職である兄弟が、ヤクザまがいの骨肉の殺し合いをしています。毎日お祓いや祝詞を奏上していても、言葉だけではその人の心に影響を与えることもなく、人格の向上にも寄与していないことを証明しています。

仏教でも毎日読経して、お勤めをしている僧侶にも悪いのがいます。釈尊が説いているように、人格向上は意識して努力することが必要で、怠ることなく修行に励みなさい、との言葉は金言です。

神道での儀式は大切なお勤めですが、それだけでこと足りると思っているのでしょうか。私は神道での葬儀や法事はほとんど経験していませんが、結婚式は神式でした。祝詞を挙げてもらいましたが、そのとき限りの体験では、心には響きません。

多くの人は観光で、神社と仏閣を区別することなく参拝をします。明治時代に神仏分離がなされるまでは、神社と寺院が混合して祀られていた経緯があるために、神や仏と言われるくらい心のなかでは同じように敬っていました。しかし、深く考えることもなく、現世利益を願って、素人には難解な経や祝詞を聞くだけです。その際に、教えの意味について説法を聞く機会が、ほとんどないのが現実で残念なことです。

神社を訪れ神聖な所であるとして、柏手を打ち参拝をしますが、伝統ある文化的慣習として行っているだけではないでしょうか。

元号を使用しているのは、世界で日本だけとのことです。元号が決まった歴史的な変わり目に巡りあいましたので、万葉集の時代に思いを馳せて振りかえってみました。1か月後の皇位継承の5月1日はどのような賑わいになるのか楽しみです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

コメントを残す

*