生きるとは何か - No.20-10

ブッダの言葉は「慈悲のこころ」

2020.10.3発行

私は、仏教の勉強をして断片的には多くの知識を蓄積しましたが、単なる知識としてあるだけでは日常の行動への影響は少ないと感じています。ブッダの教えの根本は何か、雑然と記憶されている説法の中から掴むのは難しいことです。ある場面に遭遇して、それに適した必要な言葉が、心に沁み込んでいないと行動に結び付くことはありません。

ブッダの言葉が素晴らしい力を発揮した歴史的な事例として、75年前の戦後の日本の国際社会復帰を討議したサンフランシスコ講和会議でのジャヤワルダナ元スリランカ大統領の演説を上げることができます。

ジャヤワルダナ師は、52ヶ国の代表者に向かい、日本の真の独立は、ここに提案されている条約を承認することで可能となると。しかし、強力に反対する国もあり、その承認を難しくしていたのです。スリランカは当然賠償する権利を有するが、その権利を行使しないと言明し、その根拠として、ブッダの「憎しみは憎しみによっては止まず、ただ愛によって止む」との言葉を信ずるからですと発言されています。このブッダの言葉はヒマラヤを越えてチベットから中国を経て最後に日本に及んでおり、現在も脈々と存在していることを、会議に先立ち日本に立ち寄り確認してきたと述べています。更に、ブッダの教えに従いたいとの希望に満ちている印象を感じたので、我々はその機会を日本人に与えなければならないと訴えているのです。

演説の2日後(1951年9月8日)に条約は承認されました。40年後の1991年4月に、この歴史的事実に感動した多くの方々により、鎌倉大仏殿高徳院に「ジャヤワルダナ前スリランカ大統領の顕彰碑」が建立されました。詳細は、今年3月に「日本を救ったブッダの言葉」としてパンフレット作成の原稿原案として報告しました。(HP N0.20-3)

コロナ禍などがあり発行が遅れ、遅れになっていたパンフレットが完成しました。パンフレットでは、詳しく触れることができなかった、ジャヤワルダナ元大統領の演説の根本にある「慈悲のこころ」と、その背景について少し踏み込んで述べます。

後日、来日した際に仏教に関した講演をしています。私が評価できるようなレベルではありませんが、仏教の理解は非常に深いと思いました。

   パンフレット(A6サイズ)

ジャヤワルダナ元大統領の仏教理解
ジャヤワルダナ元スリランカ大統領はサンフランシスコ講和会議(1951年)に出席する前に日本に立ち寄り、数日間であるが日本の仏教界の指導者と会うことを切望し、幾つかの寺院の訪問と鈴木大拙博士と会談しています。その時の元大統領の質問に対する大拙の答えが講演録に残されています。

上坂元一人著「大仏さまと愛の顕彰碑―ジャヤワルダナ元スリランカ大統領と日本人」(かまくら春秋社、2019)によると1991年に顕彰碑建立の記念式典で訪日された際の特別講演「スリランカと日本における仏教」の中で詳しく記録されています。以下は、講演録からの引用で、文中の私:ジャヤワルダナ師、彼:大拙師です。(小乗仏教という表現は現在使われていません。テーラワーダ仏教と言います)

 ・私は日本に於ける仏教の歴史やその習慣に通達した鈴木大拙博士の言葉を、特に覚えております。私が、日本で行われている大乗仏教とスリランカで行われている小乗仏教との違いを彼に問いましたところ、彼は「何故、相違点を強調するのですか? どうして、共通点を考えないのですか?」と答え「両者は、仏陀を師と仰ぎ、法(ダンマ)を仏陀の教えとし、サンガ(僧伽)を、献身的な僧たちの組織で法を実践し説くためのもの、としております。両者は、現象に関する教えの主な法則を、即ち、諸行無常・一切皆苦・諸法無我、を受け入れています。一切の形成されたものは、無常である。一切の形成されたものは自由ならざる境地にある<苦>である。一切の形成されたものには、<我>なるものなどはない。ブッダは、四聖諦を、即ち<苦の真理>・<苦の原因の真理>・<苦の滅尽の真理>・<苦の滅尽に導く道の真理>を説きました。サールナートで説いた『転法輪経』の中で八正道を説いたのです。

 スリランカに於いてだけでなく、世界中で、大乗仏教と小乗仏教を実践する仏教徒は、これらの教えを受け入れています。違いは、その教えの実践方法と、各々の国自体の宗教的教義・習慣の仏教への習合にあります。例えば、日本では、仏教に習合した神道があります。スリランカでは、仏教の中にヒンズー教の教えや儀式が数多く混入しているでしょう。」
 私は、これは公平な論評であると思いました。(132頁)

と述べて、その後、スリランカの仏教と日本の仏教について専門的な話をされています。またこの講演の中で、日本仏教に関して次のような見解も述べています。概要を記します。

・仏教徒としての生き方の出発点は、「生は苦である」と認識することから始まります。日本人は、仏教を、「大いなる魅力を持った人生に関する哲学で、優美な風習に富み、理想に富み、精神の平安を得る気高い方法」であると理解しました。仏陀は、苦の真理を説きながら、苦から解放され、極楽へ到達する方法が、仏教を受容した各々の国々で、各々の国民の精神に適するように変えられて行ったのであります。… 禅宗は、菩提達磨を祖としております。… 鈴木大拙博士は、「我々を簡素な生活に誘う禅の極地は、本質的に、自分自身が自分自身の主として存続し続ける才能に有り、そして、<隠された徳>と呼ばれるものの実践にある。その極地とは、内的な満足の気持ちによって、他者からも自分自身からも報酬を求めずに善を為すことである。」と述べております。… しかしながら、禅の生活の核は作務ではなく、瞑想にあります。瞑想の目的は、真の叡智である「智慧」を得ることであります。そしてこの目的こそが、日本人であろうとも、ビルマ人であろうとも、セイロン人であろうとも、総ての仏教徒の目的なのであります。(140頁)

ジャヤワルダナ元大統領は真の仏教徒であり、仏教の核心を明確に理解していると思いました。更に、大統領就任後、1979年に来日した際の宮中晩餐会で、心温まるスピーチをしています。

講和会議において、私は日本に代わって、我々が共に信奉する仏陀の言葉「憎悪は憎悪によって止まず、愛のみによって止む」を引用しつつ「日本に対して寛容であれ、日本を罰することなかれ」と心から訴えました。… 1968年の二度目の訪日の際には、日本は一変して非常な繁栄の中にありました。そして今日、日本は奇跡的な復興をとげ、豊かな世界の先進国であります。しかし、私は物質的繁栄のみが文明のすべてとは言い得ないと考えます。人為による巨大な建造物が消滅し、痕跡すら留めなくなった時にも、依然として人々の心にあるのは、丁度二八年前、私がサンフランシスコに於いて引用した仏陀の言葉でありましょう。日本に於いても、世界の国々においても、世俗の権力の輝きが必然的に消えてゆく時が来ても、依然として人々の心に深く根付き、子々孫々に至るまで人々の基準となるのは、この日本の寺々から広がる理想であり、僧侶が実践している瞑想の行であり、その敬虔な教えでありましょう。(155頁)

なんともありがたいメッセージでありましょうか。根底に「慈悲のこころ」を持ったジャヤワルダナ師だからなしえた偉業であり、今日でも国民の一人として感謝の気持ちが湧き上がります。

中村元先生の到達した「慈悲のこころ」
 今回作成したパンフレットの後半は、中村元先生の世界平和への願いです。中村元先生は顕彰碑に碑誌を刻し、そこには「21世紀の日本を創り担う若い世代に贈る、慈悲と共生の理想を示す碑でもあります。この碑から新しい平和な世界が生まれでることを確信します。」と願いを書かれています。しかし、建立以来29年も経ると、大仏参拝者の多くは、碑の存在に気づくことなく行き交っています。この度、縁あってジャヤワルダナ元大統領の顕彰碑に出会いました。その直後に、演説の全文を読む機会があり、これは是非とも多くの若い人たちにも、もう一度、読んでいただきたいとの強い思いでパンフレット作製を始めました。演説の全文だけの紹介では物足りず、東方学院の前田理事長に、中村先生について書いていただきたく原稿をお願いしました。前田先生はご多忙の中、引き受けてくださり、「世界の平和を願った中村元先生」と題した素晴らしい原稿を頂きました。

そこには中村元先生の強い世界平和への願いが込められていました。善いことは重複して読んでも深く心に届きますので、パンフレットのなかの一文をここに引用します。

世界のだれも試みたことのない普遍的な思想史『世界思想史』全四巻の最終的な結論として、中村先生は次のように申します。

「われわれは以上の考察によって人類の一体なることを知りえた。思想の種々の形で表明されるけれども、人間性は一つである。今後の世界は一つになるであろう。今日では従前のいかなる時期におけるよりも以上に異なった文化圏の間の相互理解が敏速に行われている。… 世界の哲学宗教思想史に関するこのような研究が、地球全体にわたる思想の見通しに役立ち、世界諸民族間の相互理解を育てて、それによって人類は一つであるという理念を確立しうるにいたることを、せつに願うものである。」

と、このように中村先生は、その強い願いを、次世代に託してその『世界思想史』を結んでおられます。… そして中村先生は、平成五年、ある講演会の折、「人間の永遠の真理というものは何かということになりますと、それは人々に対する温かいこころということが言えると思うのです。」「これは仏教の伝統的な言葉で申しますと慈悲ということですね。ここに教えの真髄が極まっているのではないかと思うのです。」と、力強く、聴衆に語りかけられました。

中村先生が最後に到達されたものは「温かなこころ」、それは仏教の言葉で言えば「慈悲」でした。「慈しみのこころ」でした。これは仏教の教えの真髄であると中村先生は言われます。ジャヤワルダナ師のこころと中村先生の思いが共鳴しているように感じました。

先生の亡き後、この言葉は墓石に刻まれましたが、2012年10月10日に出身地の島根県松江に開館した中村元記念館の裏手の大塚山に写真に示すような、「慈しみ」の石碑が建てられました。

中村元博士が翻訳されたブッダの言葉、中村洛子夫人が書く。

 慈しみ

一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。

一切の生きとし生けるものは幸せであれ、何びとも他人を欺いてはならない。

たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。

互いに他人に苦痛を与えることを望んではならない。

この慈しみの心づかいを、しっかりとたもて。

慈しみは誰のこころにもあります。しかし、こころに怒りや憎しみ・妬みなどがある時には慈しみは生まれません。慈しみの種を蒔き、育てることが大切です。どのようにするのか、テーラワーダ仏教では「慈悲の瞑想」として実践されています。

スマナサーラ長老が指導している慈悲の瞑想を下記に示します。日本テーラワーダ仏教協会の機関誌パティパターの裏表紙よりコピーしました。

この瞑想法を実践するうえで大切なのは、心を込めて念じること、そして継続することです。
決められた時間や場所はありません。朝目覚めた時や夜寝る前、移動のバスや電車のなかなどのわずかな時間にも,ぜひ心を落ちつけて念じてみて下さい。

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