生きるとは何か - No.21-8

人生は出会いの連続

2021年8月1日発行

意欲を持つと行動につながる

自分の人生がどのように築かれてきたのか、考えると不思議な思いがします。コロナ禍の今、家にいる時間が増えてゆっくりと過去を振り返ってみると、そこには多くの出合いがあり、その出会いによって、行き先が見えてくるような感じがします。ある人との出会いによって人生の方向が決まってくることがあると思いませんか。
今、生きているこの瞬間、これから何をするのか、たくさんの選択肢があり、自分の意志でどの方向に向かうかは決めることができます。しかし、現実はテキパキとことは進みません。行動を起こすには、それなりの心のエネルギーが必要です。いわゆる何か目的があってそれを実現しようとする意欲が湧いてこないと体は動きません。最近、意欲を高める出来事がありました。その顛末を紹介します。

故郷で兄弟展の開催

今年4月に弟から渋川市美術館(群馬県渋川市は私たち兄弟の故郷)で絵画展をしようと思いたち6月30日から7月5日まで予約が取れたとの電話がありました。前から機会があつたら個展でも出来たらいいねと話していました。弟が決心したのは知り合いで絵を描く仲間の方が亡くなり、葬儀に出席した時に数枚の絵が飾られていたのを見て、存命の時に個展ができたら良かったのにと思ったとのことでした。その後、弟に電話して壁面の一部を使わせてもらいたいとお願いすると、快諾してくれましたので準備に入りました。

弟は渋川市の中学校で理科の教師をしながら、先生たちの絵画サークルに参加して、30歳中頃から絵は描いていました。そのために、多くの知り合いが近隣にいますので、渋川市美術館での個展は最適の場所です。私は高校までは渋川にいましたが、その後、群馬県を離れ、大学卒業後は東京の会社に就職しましたので、地元には案内を出す友人は僅かしかいません。同級生と言っても既に80歳です。そのため展示会は子供の頃にお世話になった親戚の方々やよく遊んだ「いとこ」達との再会を楽しみとしました。この絵画展の主体は弟で、私は彩を添えるために、80年の人生経験から得たメッセージを故郷の人に伝えられたらの思いで展示内容を検討しました。

後藤 稔 絵画展: 「渋川駅構内にあった「貨車止め」を描き続けた作品や身近な風景などを描いた作品を、兄・後藤一敏の作品(書・絵画)と共に発表します。」
として案内を出しました。弟は群馬美術家連盟会員(運営委員)、近代日本美術協会会員(運営委員)として活躍し、代表的な作品として100号の油絵13点と50号以下の小品29点を展示しました。

私は趣味の書道(12点)と絵画(40号以下の小品、19点)ならびに仏教の勉強で得た成果[本「生きるとは何か」、冊子「日本を救ったブッダの言葉」、冊子「生きるとは何か(その8)」]を展示して、本や冊子は興味のある方には差し上げることにしました。

遠来の来訪者

はるばると田中先生(元早稲田大学教授)、高田先生(元武蔵工業大学教授)が渋川まで来訪頂き有難いことでした。両先生は電気学会の電気絶縁技術部門で活動されており、以前からの知り合いで、田中先生が主体となって、同分野のシニアメンバーに声掛けしてニュースレターを発行しています。田中先生からDeis(略称)のニュースレターにインタビュー記事をとの提案があり、高田先生のインタビューを受けて、私がまとめることになりました。高田先生からのインタビューの文面と後藤の返答を次に記載します。

後藤兄弟展覧会の感想と質問 2021年7月2日 渋川  作成:高田達雄 2021/07/17

(1) 後藤稔先生の作品「貨車止めの枕木」

案内はがきに印刷された写真(下記コピー)を観たとき、変わった絵だと思いました。会場で大きな作品を拝見し、「何かを語りかけている」と直感しました。18年の長きにわたり、「貨車止めの枕木」を取り上げ、多数の作品にチャレンジされこの作品を完成。しかし、この場所は3年前に整地され、今は存在しないと聞きました。

観覧後に考えたこと:

・1872年(明治5)に新橋・横浜間鉄道開通(英国製/蒸気機関車)

・1897年(明治30)に札幌-鹿児島間に鉄道と電信線が敷設

・1921年 上越線が渋川に開通したと、100年記念の祝賀ポスターを各駅で見ました。

すると、この枕木は1920年ころ大木から切り出されたと想像。おそらくそれより150年前の若木が大樹に成長し、上越線の渋川に開通を機会に鉄道線路を支える枕木に切り出し利用。その後に廃材になり土止めに再利用されてきた。枕木は風雨にさらされ時間をかけて「朽ち」てきた。後藤稔先生はこれが眼にとまりこの枕木を描き続けて18年。この度、私はこの絵と対面できた。

  100号油彩画

私の知識からの展開:

観測衛星「かぐや」から撮影した月平線から昇ってきた、暗黒の宇宙に浮かぶ「青い生態系の地球」の写真が送られてきた。「かぐや」のカメラは地球からの反射光を撮影し、地球以外は暗黒の宇宙は真っ暗。水島宜彦著「フォトンの謎」(裳華房)によると、この暗黒の宇宙は電磁波のフォトン(光子)で埋め尽くされている、と言う。このフォトン(電磁波)が太陽から地球にエネルギーを何十億年も送り続けている、と言う。すべての生態系は太陽からのこのエネルギーで生かされている。私の体も穀類食物を食し、動物タンパク質を食し生かされている。この枕木も太陽からのエネルギーを炭水化物結合に蓄えてきたが、「朽ちて行く」過程にあった。私もそのプロセスの中で生きているんだと、感じました。

後藤一敏さんの捉え方をお聞きしたい・・・。

後藤からの返答:

人間や動物、植物、細菌類も地上に存在する全てのものは宇宙の中の大自然の一部です。広く植物の視点に立つと、この絵に描かれた「貨車止めの枕木」にも、私達と同じ一生があります。多分、150年以上前に植林され成長し、材木として切り出され、枕木に加工されて、線路を固定する枕木として役目を果たし、その後、貨車止めとして最後の一仕事している姿に弟は共感したのだと思います。朽ちている姿に共感が生まれたことで、絵画のテーマとして四季折々の情景の中に設定して、18年の長い期間に描き続けられたのでしょうか。

自然界のあらゆるものは変化して留まることがない「諸行無常」の姿をしています。高田先生のように、朽ちている現象をプロセスとして捉える科学的視点には感心しました。

プロセスという見方

プロセスという見方を解説している資料が有りましたので紹介します。
大塚 稔著「プロセス神学の思想」(インターネットで得た資料)の中で仏教の諸行無常にも通じる思想が展開されています。思想内容として賛同できますので引用します。

 ・すべてのものがプロセスの中にあること。つまりそれらが相互に関係しあっていること。
何ものも孤立しては存在しないこと。プロセスの中にあるそれぞれに固有の価値があること。世界の本質が創造行為にあること。そしてすべてが和合や調和に向かっていること。身心は一体であって二元的に分離できないこと。そしてまず何よりも世界の存在を感じ取ることから始まること、つまり世界から影響を受けて経験が始まること。以上の事がらを一つの概念で表現したものが、「プロセス」なのである。出来事が変化して止まない過程、単純に言えばそれが、プロセスである。

 このプロセスには、二通りある。一つは、世界から外的に影響を受ける過程。もう一つは、個体が、それを個体自身の内部で成長させる過程である。この二つのプロセスの織り成す世界、それが、絶えず発展成長を続ける世界の実体である。川は流れて絶えずして、しかも本の水にあらず、と詠嘆的に表現した、日本人の心情を、さめた形で表現したものが、プロセス的な世界である。

私達は日常、なにげない行動を起こしているのは、それは変化し続ける過程(プロセス)の中にいて、何らかの価値を創造していることになると考えられます。外界の環境から刺激を受けて、それを自身の内部で加工(概念化)して意味付けをしている。その個人は孤立して存在することはなく、環境との相互関係の中にあり、自身も変化していると言えます。
高田先生が、この枕木も太陽からのエネルギーを炭水化物結合に蓄えてきたが、「朽ちて行く」過程にあった。私もそのプロセスの中で生きているんだと、感じました。と述べていますが、まさに自然界で起きている真実の姿を言いあてていると思います。

(2)後藤一敏さんの「書籍執筆」「絵画」「書道」のマルチ活動はどうして生まれたか。

一般には、どれか一つの道を進んでいる方が多い。後藤さんはどうしてマルチ活動になったかをお聞きしたい。

 後藤からの返答:マルチ活動の素地は会社での開発業務で培われる

東芝に入って研究部門を希望しましたが、中央研究所ではなく、発足後まもない重電事業部の研究部門で、重電技術研究所として関連する工場に駐在する組織でした。私は府中工場に職場がありました。昭和40年代は米国からの導入技術から脱却をはかり、独自技術の開発を目指していましたので、弱小の材料技術部門にも、工場サイドからの材料開発の要請があり、何にでも対応することが求められました。

大学では高分子化学を少し勉強した程度でしたが、最初の開発テーマは気中開閉器用のアークシュート材(無機材料)でした。4,5年後には、開閉部分が真空バブルに置き換わり、それを支える絶縁フレームの材料開発が要求され、材料メーカーと共同で、最適な材料開発とその成形技術に関わりました。右肩上がりの経済成長の中、研究テーマは3年から4年毎に対象が変わり、絶縁材料の沿面放電、原子力発電所の制御盤の耐火性評価などをしています。大学での専門などとは関係なくマルチの研究活動でした。40歳代に入ると大型プロジェクト(電力用燃料電池の炭素電極材の製造ライン、山梨リニアー実験線の地上コイルの開発)に携わり、開発を担当しました。この間にも、多くのトラブル対応や日常的な技術開発、さらには家田先生からCIGRE活動に参加するように要請され、パリ大会に出席したある時に、絶縁部門を活性化するために新規の委員会を立ち上げてほしいと要望されました。数年後に、世界的な技術のトレンドであったポリマーがいしの調査専門委員会を立ち上げました。6年間(3年が一区切り)委員長をしましたが、その後は若手に委員長をお願いし一委員としてサポートに徹しました。委員会は12年継続し、私も72歳で活動を終了しました。

58歳で東芝を定年退職して、関連会社(テクノコンサルタント)に移籍しました。時間的に管理業務からフリーになりましたので、後輩に新しいコンセプトの絶縁材料を残したいとの思いで、過去10年の国内外の電気材料以外の材料開発動向の調査をして、ナノマテリアルが新規の絶縁材料として可能性があると見極めました。その裏付けをするために基礎研究を提案し、2年間である程度の目途が見えたので、後輩に引き継ぎました。その後、これは新規の電気絶縁材料(ナノコンポジット)として、研究開発が進められています。
(上記の文章では、個々の固有名称の説明は省略しました)

在職時は仕事を依頼されたら、若いころからすべて受け入れて対応していましたので、新たなことを始めるのは、ほとんど抵抗なく、飛び込んでいけました。新分野は分からないことが多くありますが、そこは社内外の専門家の知識を活用しました。60歳で関連会社も退職し、両親の世話をしながら、書道、絵画、仏教の勉強と時間を有効活用しています。

「石の上にも三年」の諺があるように、三年もすると、新しい分野に飛び込んでも興味が出てきて、面白さがわかり、継続出来るようになりました。

継続は出会いとめぐり合わせ 

始めた趣味の書・絵画は、一からのスタートです。書道も絵画も強い興味があって始めたわけでなく、時間に拘束されないで学べそうなので選択しました。しかし、20年も継続できたのは良き指導者との出会いです。

書道の例で説明します。

18年前に早朝のNHKラジオ深夜便で早朝、たまたま放送されていた野口白汀氏(書道家、日展会員、大東文化大学教授)の書道にかける思いを聞いて、習うならこの人だと思いました。早速、調べた結果、横浜桜木町のNHK文化センターに教室があり、席が空いていたので翌週に申込みをしました。野口先生にラジオ深夜便を聞いて、入りましたと言うと、大変に喜ばれました。書道関係では将来を嘱望されていた先生です。残念ながら習い始めて2年後に突然亡くなります。直ちに、息子の野口岱寛氏(日展の会友)が引き続き担当されましたので、習うことを継続し、毎日書道会などの公募展に指導を受けて提出していました。先生は、個人の特徴を伸ばすように指導してくれていましたが、まことに無念なことですが、岱寛先生も2年前亡くなりました。両先生とも書道にかける熱意が強く、自分の健康への気遣いが少なく頑張りすぎたと思いました。今は野口先生が死の数日前に指導を託された藤波草心先生(毎日書道会審査会員)が教室を引き継いでいます。たまたま、3先生に指導を受けることになって見ると、それぞれの書風が異なり、書道の多面性に気づかされ、大変勉強になっています。

しかし、書道の展示会は、ほとんどの場合、関係者以外で鑑賞する人は僅かで、書かれた文字も芸術性や達筆性を強調しているために、一般の人はほとんど読むことも出来ず、意味もわからないのが普通です。ある意味では、狭い専門社会です。
今回の展示では、書の意味を伝えたいとのおもいで、意訳を書いて別紙で配布しました。これからは、今勉強している書道をどのような形(自分のスタイル)で進めるのがよいのか思案をしているところです。

展示した作品の一部(半切)と小品

もう一人の遠来からの来訪者(書籍執筆)

はるばる渋川まで来訪してくれたもう一人の仲間を紹介します。「生きるとは何か」と題して輪読会で共に勉強している友人の赤瀬さんです。龍源寺の坐禅会の後の勉強会(三宝会)の歴史は古く、住職の故松原哲明師が坐禅会に参加した異業種交流会(雑誌プレジデントの企画)のメンバー(企業人)を取りまとめたのが始まりと聞いています。赤瀬さんは三宝会の設立当初からの人で、私は途中参加です。哲明師は2010年6月に亡くなりましたが、当時、私がたまたま、まとめ役(順番に回る)をしていましたので、仲間と相談して勉強会を継続し、今年で12年が経過しました。科学的な知見を加えて仏教を理解しようと、視点を変えて資料を作成したことに、興味を持って貰ったことが継続している要因です。このように共に勉強する仲間がいるから、今があると確認できます。哲明師との出会い、三宝会の仲間との出会いとめぐり合わせ、で輪読会が継続出来ています。それにより、仏教の勉強も深まりました。
活動の結果、書籍執筆につながった3点を展示会では紹介し、興味のある方には差し上げていました。
・毎月の輪読会資料は一年毎に冊子にまとめていました。その冊子1~7(8年分)を再編集して仏教に関連する宇宙や身体のことなどを含め4章にまとめて上梓(2019年)した本「生きるとは何か」を紹介。
・更に、昨年は縁あって鎌倉大仏殿高徳院にある「ジャヤワルダナ前スリランカ大統領顕彰碑」に託された平和への願いに感動して、小冊子「日本を救ったブッダの言葉」を作成しました。この小冊子は多くの人に読んで頂きたいとの思いで大仏殿の無料スタンドに置いています。
・今回の展示会のために、この1年間の輪読会資料を冊子8としてまとめまして、最近のニュース性のある話題を提供しました。
絵画については長くなりましたので、次の機会に譲りたいと思います。

振り返って思ったこと。

・誰も先のことは分からない。

 今の瞬間を生きて、明日あるかもしれない出会いによって、新たな展開が起きてきます。

・出会いは一瞬です。その出会いを活かすも殺すも、本人の心のあり方で決まります。

・人生には無駄なことはない。その後の行動や生き方に反映されて、彩りを添えます。

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