人生悠然

忘れてはいけない大切なこと

生きるとは何か - No.21-4 2021年4月1日発行

10年後に思う 何事も時間が経過すると記憶が薄れて忘れ去られていくことは日常経験することです。 しかし、節目節目に記憶を戻し、再確認する大切なことがあります。 それは2011年3月11日に起きた東日本大震災の記憶です。今年で10年の節目を迎えました。3月になると当時の生々しい映像がTVで放映され、その後の復旧の状況が伝 […]

苦境を乗り越える人間の叡智

生きるとは何か - No.21-3 2021年3月1日発行

1.地味な研究がコロナ禍を救う 目には見えない極微のコロナウイルスが全世界に蔓延して、科学や医療技術が発達した今の世でも、このような事が起こるのかと悪夢を見ているような感覚になります。新型コロナウイルスの惨事も初期対応がしっかりできていたならば、多分ここまで全世界を巻き込んだ惨状にはならなかったかもしれません。都合の悪 […]

ちょっと耳の痛い話ー大衆の反逆

生きるとは何か - No.21-2 2021年2月1日発行

これはどこの国か? 最近のニュースで驚いたのは、アメリカの首都ワシントンの連邦議事堂にトランプ大統領の支持者が大挙して集まり暴徒集団化して議事堂内に侵入した記事でした。新聞記事(朝日新聞、1月7日)によれば議事堂では当時、大統領選の結果を確定させる連邦議会上下両院の合同会議が開催されていたとのこと。議事は中断され議長で […]

すべてに決められた時がある

生きるとは何か - No.21-1 2021年1月1日発行

寒さが厳しくなる12月になるとパンジーの小さな花で色とりどりに花壇を飾り、春の訪れを待ちわびます。朝晩の気温が下がり凍結しても、株、茎、葉、花は損傷せず、雪に埋もれても雪が解けると活き活きとした花や葉にもどる頼もしい草花です。寒い時期に、次々と花を咲かせ楽しませてくれます。同じ冬季、我家の庭にあるさざんかの花も目を楽し […]

人生は物語り

生きるとは何か - No.20-12 2020年12月1日発行

日本でも新型コロナウイルス蔓延の第三波が急拡大して、進めていた経済政策にも修正が余儀なくされています。GOTOトラベルで、普段はできない少しリッチな旅を楽しませてもらっています。庶民にとっては3月頃から外出自粛が続いて、溜まった鬱積を解放できた一時です。しかし、多くの人が移動し、会食の機会も増えことにより、ウイルスが拡 […]

仏教の本質を知る

生きるとは何か - No.20-11 2020年11月1日発行

固定観念・先入観が壁になる 日本では昔から家の中には仏様と神様は同居していました。子供の頃、私の家でも仏壇には先祖代々の位牌、お祖母さんとお祖父さんの位牌と小さな仏像が置かれていました。家の奥には神棚があり、神社から頂いたお札が収められていました。お寺は葬式の時だけ行くところで薄暗い本堂の一番奥に仏像が収められていたこ […]

ブッダの言葉は「慈悲のこころ」

生きるとは何か - No.20-10 2020.10.3発行

私は、仏教の勉強をして断片的には多くの知識を蓄積しましたが、単なる知識としてあるだけでは日常の行動への影響は少ないと感じています。ブッダの教えの根本は何か、雑然と記憶されている説法の中から掴むのは難しいことです。ある場面に遭遇して、それに適した必要な言葉が、心に沁み込んでいないと行動に結び付くことはありません。 ブッダ […]

再度問うー人間の特性!

生きるとは何か - No.20-9 2020.9.1発行

最近の国際政治状況を見ると、超大国間の自国優先のゴリ押し外交により世界の平和は著しく損なわれています。ここでは具体例を挙げませんが、譲り合いなどと言う心の働きは少しも感じられません。超大国と言っても、所詮はトップに立つリーダーの人格で決まってきます。しかし、そのリーダーを決めるのも、私たち一人一人の心の働きです。 歴史 […]

「いのち」の意味を考える

生きるとは何か - No.20-8 2020年8月1日発行

新型コロナウイルスによる脅威 一旦収束しかけたかに見えたウイルス感染者が、緊急事態宣言が解除され、外出自粛から解放されたのを機に、人々が街に繰り出し、若者を中心に急増しています。世界に目を転じるとアメリカやブラジルでは日に何万人もの感染者が増え、死者の遺体を病院では捌ききれず冷凍車が横付けになり列をなしている光景も放映 […]

もう一人の自分探しの旅

生きるとは何か - No.20-7 2020年7月1日発行

「私とは何ですか」と問うのは青臭い話のように思われるかもしれません。多くの人が、昔から繰り返し問いつづけている疑問です。しかし、自分とは何かと考えても、途中で諦めてしまっているのではないでしょうか。私などは、自分についての疑問が出てきたのはやっと50歳頃でした。何かを決めるにしても、いつも自分の都合が割り込んできて、公 […]