人生悠然

人生は出会いの連続

生きるとは何か - No.21-8 2021年8月1日発行

意欲を持つと行動につながる 自分の人生がどのように築かれてきたのか、考えると不思議な思いがします。コロナ禍の今、家にいる時間が増えてゆっくりと過去を振り返ってみると、そこには多くの出合いがあり、その出会いによって、行き先が見えてくるような感じがします。ある人との出会いによって人生の方向が決まってくることがあると思いませ […]

身体は自然だ

生きるとは何か - No.21-7 2021年7月1日発行

コロナ禍の中で、オリンピックを開催することに反対する人と賛成する人とに大きく意見が分かれています。反対する人は、街の人流が増えれば、感染リスクが上がり、急速な感染拡大が起きることを心配しています。一方、オリンピック関係者や政府は国際的な関係の中で、今更中止はできない状況に追い込まれています。どちらの側に立つにしても、そ […]

老いの生き方

生きるとは何か - No.21-6 2021年6月1日発行

厳しい現実 最近、私の住んでいる地域にも、多くの高齢者施設があることに気づきました。数年前に近所に住んでいたご夫婦が、奥様の足腰が弱って玄関前の階段が大変になり高齢者施設に引っ越して行きました。その後、最寄り駅に行くまでの2キロ位の距離に大きな施設が4件も出来ました。平均寿命が2019年で男性81.41歳、女性87.4 […]

苦しみの泥沼に沈まない準備

生きるとは何か - No.21-5 2021年5月1日発行

先の読めない世界 新型コロナウイルスのパンデミックで人の移動が制限され経済が停滞し、日本でも感染拡大の第4波が起こり、東京オリンピック・パラリンピックを目の前にして如何にして終息させられるかが急務となっています。今の状態は、ある程度は予想されていたとはいえ先のことを正確に知ることは誰も出来ません。後から見ればそうしてお […]

忘れてはいけない大切なこと

生きるとは何か - No.21-4 2021年4月1日発行

10年後に思う 何事も時間が経過すると記憶が薄れて忘れ去られていくことは日常経験することです。 しかし、節目節目に記憶を戻し、再確認する大切なことがあります。 それは2011年3月11日に起きた東日本大震災の記憶です。今年で10年の節目を迎えました。3月になると当時の生々しい映像がTVで放映され、その後の復旧の状況が伝 […]

苦境を乗り越える人間の叡智

生きるとは何か - No.21-3 2021年3月1日発行

1.地味な研究がコロナ禍を救う 目には見えない極微のコロナウイルスが全世界に蔓延して、科学や医療技術が発達した今の世でも、このような事が起こるのかと悪夢を見ているような感覚になります。新型コロナウイルスの惨事も初期対応がしっかりできていたならば、多分ここまで全世界を巻き込んだ惨状にはならなかったかもしれません。都合の悪 […]

ちょっと耳の痛い話ー大衆の反逆

生きるとは何か - No.21-2 2021年2月1日発行

これはどこの国か? 最近のニュースで驚いたのは、アメリカの首都ワシントンの連邦議事堂にトランプ大統領の支持者が大挙して集まり暴徒集団化して議事堂内に侵入した記事でした。新聞記事(朝日新聞、1月7日)によれば議事堂では当時、大統領選の結果を確定させる連邦議会上下両院の合同会議が開催されていたとのこと。議事は中断され議長で […]

すべてに決められた時がある

生きるとは何か - No.21-1 2021年1月1日発行

寒さが厳しくなる12月になるとパンジーの小さな花で色とりどりに花壇を飾り、春の訪れを待ちわびます。朝晩の気温が下がり凍結しても、株、茎、葉、花は損傷せず、雪に埋もれても雪が解けると活き活きとした花や葉にもどる頼もしい草花です。寒い時期に、次々と花を咲かせ楽しませてくれます。同じ冬季、我家の庭にあるさざんかの花も目を楽し […]

人生は物語り

生きるとは何か - No.20-12 2020年12月1日発行

日本でも新型コロナウイルス蔓延の第三波が急拡大して、進めていた経済政策にも修正が余儀なくされています。GOTOトラベルで、普段はできない少しリッチな旅を楽しませてもらっています。庶民にとっては3月頃から外出自粛が続いて、溜まった鬱積を解放できた一時です。しかし、多くの人が移動し、会食の機会も増えことにより、ウイルスが拡 […]

仏教の本質を知る

生きるとは何か - No.20-11 2020年11月1日発行

固定観念・先入観が壁になる 日本では昔から家の中には仏様と神様は同居していました。子供の頃、私の家でも仏壇には先祖代々の位牌、お祖母さんとお祖父さんの位牌と小さな仏像が置かれていました。家の奥には神棚があり、神社から頂いたお札が収められていました。お寺は葬式の時だけ行くところで薄暗い本堂の一番奥に仏像が収められていたこ […]