生きるとは何か - No.22-8

私の意識は予め脳が作っていた

2022年8月1日発行

私たちは眼、耳、鼻、舌、身、意から外界の情報を取り込み、脳で認識して意識を作り出しています。仏教では人間を五つの塊に分け、それは色、受, 想、行、識の五蘊(うん)で成り立っているとしています。色は身体、受、想、行、識は精神的・心理的要素です。この五蘊の蘊とは漢字では薪のことで、五つの束でなく、それが燃えているところの五つの火(炎)であると喩えています。

「色」は感覚器官を備えた身体。

「受」は苦や楽などの感覚、あるいは感受。

「想」は認識対象から姿形の像などを受ける表象作用。

「行」は能動的な意志する働きや衝動的欲求。

「識」は認識、あるいは判断のこと。

 これらがお互いに影響を及ぼし合いながら、一つの炎をつくり上げます。
心の働きを炎に喩えて、それぞれがダイナミックなプロセスとして活動していると見るのがブッダの世界観です。このブッダの世界観が現代の脳科学で解明された脳の働きと相似性があるという解釈を浅野孝雄氏が展開しています。
浅野孝雄氏の脳科学的仏教研究の経緯を簡単に紹介します。

先駆的な働きをしている浅野氏は、脳外科医として2000件以上の手術症例を持つ現役の医師です。生きている脳と毎日向かい合っていて、脳と心の関係に関心が深まり、関連する科学書や哲学書を読み漁っている内に、仏教と密接な関係を有することに気づき、辿りついたのがフリーマン理論とのことです。

フリーマンはカリフォルニア大学の生物学教授で長年の実験的研究に基づいて独創的な意識理論をつくり上げた脳科学者です。浅野氏はフリーマンが一般読者向けに著した「脳はいかにして心を創るのか―神経回路網のカオスが生み出す志向性・意味・自由意志」(1)を読み感銘を受け、フリーマンと直接交流して日本語訳を上梓しています。また、仏教書ではオックスフォード大学の教授でオックスフォード仏教学センターの会長でもあるリチャード・ゴンブリッチの著した「ブッダが考えたことープロセスとしての自己と世界(2)を翻訳しています。さらに、これまでの研究の成果を「古代インド仏教と現代脳科学におけるー心の発見」(3)とし2014年に上梓しています。これら3部作をベースに研究を深めて今年2022年5月に「ブッダの世界観五蘊・十二縁起の脳科学的解釈(4)を世に問うています。

東方学院の授業として2019年から講義が始まり、私は当初から受講し何とか理解が出来ている状況です。ここの図は講義のとき使用されたスライドから取り出したものです。

2021年刊行予定の本は「ブッダの世界観」として2022年5月に発行されました。(4)

分かり易い解説を紹介します。浅野氏によるNHK教育TVの「こころの時代」で「心はいかにして生まれるか」(5)と題して放映されたときのナレータの解説です

・フリーマン理論は20世紀半ばに発達した複雑系理論を基に組み立てられています。混沌から秩序の生成、すなわち自己組織化が、脳活動の本質である。自然界には、混沌とした状態から秩序が生まれる不思議な現象が存在します。例えば竜巻。混沌とした空気の流れがお互いに影響し合い、大きな渦巻きという秩序を生み出します。フリーマンは脳が生みだす仕組みも、この渦巻きのようなものと考えました。人間の体には、脳を中心に一千億個もの神経細胞が張り巡らされています。全身から入る情報は、電気信号として脳の中を駆け巡ります。一つ一つの神経細胞は独立していますが、お互いに電気信号を受け渡し、作用を及ぼし合うことによって、脳全体を巻き込む大きな流れが生まれます。この流れは、「辺縁系」と呼ばれる部分を中心に、渦巻きのような回転を生み出します。フリーマンは、この回転に伴う脳全体のネットワークを「大域的アトラクター」と呼びました。そしてそれが、私たちの心の実体なのだと考えたのです。

続いて浅野氏の説明を要約して示します。

・最初に辺縁系の海馬に入り、時間の順番にメモリー一つ一つが働き、一番新しいアトラクター(ある力学系がそこに向かって時間展開する集合のこと)が作られそれが現在なのです。そこで、時間と空間という環境と自分の状況と歴史を踏まえて作られた知覚情報が、時間と場所の中に定位される。ここで知覚が形(形態:ゲシュタルト)を持つわけです。そのゲシュタルトを持った知覚が、楕円のループに従って、脳全体をグルグル回るとのこと。
この脳の表面を回るとき、すべての脳の各所に分子でその信号を伝達し、同時にその各所の分散した機能で、また新たな処理を受けて、その処理を受けた形というのが、またその情報に加えられる。加えられたものが、また海馬に戻ってくるのです。完全な循環サイクルです。そのサイクルが、一秒間に大体十回から十二回起こります。その循環によって「色、受、想、行、識」のそれぞれの蘊が、ここで海馬に一つにまとめられて、その回転が何回か続いた時に、初めて脳全体が一つのパターンに、パッとアトラクターが出来るわけです。レーザが光をだすように、一つの考えがポッと出来るのです。

・この大域的アトラクターが形成されるまでに約0.5秒かかるのですが、この段階はまだ無意識の働きです。どうして意識になるかですが、大域的アトラクターは、その0・5秒掛かって成立するごとに、今度はもっと細かく変化していく、これをアトラクターの変異とも遷移ともいい、遷移シフトします。これはどうしてかというと、もっと高速に知覚サイクルは回転しているのです。そしてその回転は決してやむことがない。次々とこの大域的アトラクターを更新して、大体一秒間に十回くらいする。
・大域的アトラクターの一つが出来上がるまでは、まだ意識には上がらないけども次のシフトするつなぎ目、その時間に大域的アトラクターの分節が出来て、次のシフトする時に、それが意識と言われるのです。 

脳の中は次々と入る外部情報に対応して目まぐるしく回転していることが分かりました。素晴らしい働きを休まずしている脳の働きは驚異です。脳は身体のエネルギーの20%も消費していると言われますが頷けます。

ナレータ解説:

0.5秒かけて出来上がった大域的アトラクター。その後およそ0.1秒ごとに新しい情報を取り入れながら次々と変化していきます。その変わり目では脳全体のネットワークが、一瞬静まったような瞬間が現れます。実はこの静まった瞬間にこそ、人間の意識が生まれると考えられます。つまり心とは、渦巻のように生まれた無意識と、その後0.1秒ごとに感知される意識とで成り立っているというのです。

浅野氏の説明:

意識自体が、この大域的アトラクターを作るのではない。それはあくまでも無意識のうちにどんどんと自分の脳が作り出すものであって、意識というのはその上にあって、その先をコントロールしてるんだということです。・・・
人間が年取って一番やられる部分が、この海馬の付近なんですね。それがいわゆるアルツハイマー病なんですよ。つまり、この回路を回している神経伝達物質というのは、「グルタメート」っていうんですけれども、このグルトメートは精神を興奮させる反面ですね、毒性を持っているんです。だから出すぎると神経が死んじゃうんです。だからこの海馬を使いすぎると、そこが選択的にやられて、他は生きているのにそこだけだから統合できなくなるのです。フリーマンは、
「脳は複雑系であって、その働きからいろいろな考えができるんだけど、人間の脳はがんじがらめになっている」と言うんです。
・・・これはまさに禅の考えなんですけれども、要するに固定観念のかたまりになっていて、身動きがとれなくなるから、それを一回きれいにしてやらなきゃいけないと。

日常生活では、頭の中にはあれやこれやと思いが連続して湧いてくる感覚です。しかし、実際の脳内では休むことなく大域的アトラクターを創り出している活発な脳内活動があることを知りました。我々が意識する前に、脳が独自のルールの下で、すべての情報処理をしてくれているこの事実を知って今後の生き方に反映したいと思います。

参考文献

  • ウォルタ-・J・フリーマン「脳はいかにして心を創るのか―神経回路網のカオスが生み出す志向性・意味・自由意志」浅野孝雄訳、津田一郎校閲(産業図書、2011年)
  • リチャード・ゴンブリッチ「ブッダが考えたことープロセスとしての自己と世界」浅野孝雄訳(サンガ、2018年)
  • 浅野孝雄著「古代インド仏教と現代脳科学におけるー心の発見」(産業図書、2014年)
  • 浅野孝雄著「ブッダの世界観―五蘊・十二縁起の脳科学的解釈」(産業図書、2022年)
  • 浅野孝雄「こころは生まれるかー脳外科と仏教の共鳴」(NHK教育TV「こころの時代」2017年2月)
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