生きるとは何か - No.21-6

老いの生き方

2021年6月1日発行

厳しい現実

最近、私の住んでいる地域にも、多くの高齢者施設があることに気づきました。数年前に近所に住んでいたご夫婦が、奥様の足腰が弱って玄関前の階段が大変になり高齢者施設に引っ越して行きました。その後、最寄り駅に行くまでの2キロ位の距離に大きな施設が4件も出来ました。平均寿命が2019年で男性81.41歳、女性87.45歳と世界トップクラスの超高齢化社会になっています。

介護も必要とせずに、自立で生活が送れる期間として定義された健康寿命を2016年のデータで見ると男性は72.14年で女性は74.79年と共に70歳前半です。大まかに男性は9年、女性は12年介護の世話になることになります。その上、大変なことは、高齢になると認知症になるリスクが高くなるという現実があります。

後期高齢者になると、足腰は弱くなり、腰が痛い、膝が痛い、直ぐ疲れる、転倒しやすい、読書で目が疲れる、読んでもすぐ忘れるなど、身体のタガが緩み、生活に不自由を感じています。その上、コロナウイルスに感染すると重症化し、死亡率も上がると言われ、免疫力も落ちているようです。これら身体的な変化だけを見ていると、先々は暗く寂しい現実があるだけと落ち込みそうです。

しかし、負の面だけではありません。私たち高齢者は長生きしたことで、多くの人生を歩んでいます。苦しいこと、楽しいことの多くの場面に遭遇し、人によっては厳しい状況(離婚、大病、企業倒産、失業など)を乗り越えた経験もあり、それらは何事にも代えることはできません。これまでの経験は、ある意味では資産です。プラスに発想を転換し、活かす智慧を出すことができれば、厳しい現実に立ち向かう力が生まれるのではないでしょうか。

長寿社会を有意義に生きる

人間に生まれ、この世に生を受けたことは、非常にまれなことなのです。生まれた意味も分からず、人生を歩き始めます。青年は将来への希望と悩みを抱え、多くの時間があると感じています。壮年は社会を支える原動力、社会の中心にいて懸命に働いています。老年はやるべきことは終わったが、次ぎの生活の再設計が求められます。

退職し、これからは夫婦でのんびりと旅行を楽しもうと計画していたところ、旦那さんが癌で亡くなられたなどの話を聞いたことがあります。しかし、若くして病気で亡くなる方もいますが、残された家族は深い苦しみに沈みます。病気は人生の時期を選びません。生老病死は生きているものの避けることにできない定めです。禅寺に版木(はんぎ)と言われる木の板が掛けられていて、行事を知らせる時に木槌でたたいて知らせるものです。

そこに「生死事大 無常迅速 光陰可惜 時不待人」と書かれています。生死を明らかにすることは大事なことである。この世は無常であり、瞬く間に過行くから、光陰(時間)を惜しまなければならない、時は人の都合を待ってくれないと告げています。


版木の一例
この言葉は、人生の何時の時期にも当てはまる大事なものです。若い時から人生問題に悩み苦しむ人もいます。最近ご縁のあった一老僧の生涯を紹介します。

苦しみ抜いた人生問題

10年以上前に、小林義功和尚が上梓した本「義功和尚の臨済録」(致知出版社、平成17年)を読んで、分かり易く臨済録を解説しているので一度会ってみたいと思っていました。その後、すっかり忘れていましたが、今年4月に、2年前にインドの仏跡巡拝旅行で一緒だった方のフェイスブックに、和尚が住んでいる小さな観音堂が紹介されていたのを見て、自宅から比較的近い海老名市にあるので、訪問してみました。お会いすることができて、和尚から法話会(月一度)を紹介されましたので参加しています。


大谷観音堂

和尚の修行の経緯などは、NHK「こころの時代」で平成18年2月5日に放送された記録

(http://h-kishi,sakura.ne.jp/kokoro-241.htm)「わたしの全国托鉢行脚」がありましたので、そこから概要を記述します。

小林義功和尚は現在神奈川県海老名市にある大谷観音堂の修行者で、昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大卒、52年に日本獣医畜産大学卒、55年に得度出家、臨済宗聖福僧堂に8年半、真言宗鹿児島西福寺に5年在籍。平成3年高野山専修学院卒、伝法灌頂(阿闍梨という指導者の資格、正式な僧侶)を受ける。平成5年より2年間、全国行脚を行うなかで現在の観音堂との縁が生まれたとのこと。

仏教に入るきっかけは、自分の中に対人恐怖症という問題があった。それは高校に入学した時に、武者小路実篤の「真理先生」を読んで、これは面白いと思い、その後は志賀直哉、夏目漱石、森鴎外など日本文学を乱読し、続いてロシア文学のトルストイやドストエフスキーなど読み進めるうちに、「神はあるのか、ないのか」「真理はどうだ」「どういうふうに生きるのか」など突き詰めていく中で対人恐怖症なったようです。その後、35歳から、先に述べた数々の仏道修行をしています。しかし、これほどの修行をしても、究明していた疑問(生死事大)はスッキリとは晴れていなかったようです。

観音堂で暮らす中で、以前から心に引っかかっていた「臨済録」や「無門関」を思いだしては本を繰り返し読み、解説書も読んでも肝心のところがさっぱり分からなかったとのこと。そのうちに、断片的に意味が見えてきたので、法話会で「臨済録」を始めていたら、高校時代に罹った対人恐怖症が完治している自分に気づいたそうです。放送の中で次のように語っています。

・おそらく頭の中でゴチャゴチャしていたのがスキッとおそらく纏まってきた。そこで自分なりになんとか一つの答えというのが出てきた。そんなことから「臨済録」の話を全部終わった時点ですけど、「義功和尚の臨済録」という本を出版させて頂いたわけですね。

・私は、ずつと「臨済録」をやって気づいたのは、やっぱり「随所に主となれば立処皆真なり」と。要するに自分の心の中における主体性ですね、本当の意味での主体性を確立する。それがやっぱりここの「臨済録」全体に出ているんですね。その主体性を確立する。自分の心の中に疑いを差し挟まない、そういう確固としたもの。それを確立する。

・例えば、禅の場合で、「無」とか「有」とかいう。私は真言宗の坊さんなんですね。真言宗の坊さんが、なんでこういう「臨済録」をやった、と思うかもしれないですが、私の見方からすると、真言は有で、禅宗のほうは無。有と無との関係。要するに表と裏の関係です。表から見るか裏から見るかの差なんです。同じことを説いているんですね。… そうすると、自分の心というのは目に見えないわけですよ。手に掴むこともできないし触れることもできない。「無い」と言ったら、無いようなのがつまりこれ無なんですね。じゃ、この無を現すにはどうしたらいいか、と言ったら、有を使ってでしか現わせないんですね。だから自分の心を現す。例えば手紙を書く。そうすると、手紙に字を書かなければ相手に伝わらないんですね。… 或いはこう話をする。話をする時相手に対して思い遣りのある心、それは言葉を通じて、心が向こうへ伝わっていく。ここのところが大切なんですね。

最後に自分の対人恐怖症であったというマイナスな面について述べ、その大きなハンデがあったから今に繋がると言及しています。

・ずっと私はそんなことで苦しんできましたけれども、自分で一番よく思うことは、対人恐怖症があったから今こういう道を歩いてきているんですね。要するに私の心の中で最後は仏さんのとこへいかなければ自分の心は落着かない。そのために対人恐怖症というものを私に与えてくださった。そのためにずいぶんいろいろことをやってきましたけど、その結果が今あるんじゃないか、と。そんなふうに思っています。

・人間というのは一日一日の積み重ねが、結果的には一生ということになりますから、まあ一日の中にはいろいろなことがあるわけです。そういう時の私の心というものを大切にしていかなければならない。ここのところじゃないかと思っているんです。

和尚は高校時代から人生を悩み始め、50年経って真理を掴んだと言っています。仏教を学び多くの知識は得ても、臨済録からの例を引きあいに出して、それは雑草が繁茂している荒れ地であると。頭の中の畑を耕し、スッキリさせないと何が真なのか分からないもの、それには「固定観念を作るな」と説いています。長い道のりでしたが和尚は76歳の今、「無門関」の公案である禅問答の真意が理解できるような解説書を書き残したいと意欲を持って取り組んでいます。

人の一生とは

菜根譚にある言葉を一つ示します。菜根譚は明代末期の儒者洪応明によって著された書物で、先哲の格言や仏教の警語などの短い語録を集めた箴言集です。

 天地有萬古、此身不再得、人生只百年、此日最易過、幸生其間者、

 不可不知有生之樂、亦不可不懐虚生之憂、(前集107)

意訳:天地は永遠に存在するが、この身は二度と生まれては来ない。人生はただ百年にすぎないのに、月日のたつのは甚だしく早い。そこで、幸いにこの天地の間に生まれて来たからには、人間として生まれた命の楽しみを知らねばならないし、また、この人生をむなしく過ごしはしないかという恐れを持たなければならない。

老後の生き方の参考にとまとめました。固定観念を捨てて、執着を無くす努力をすることです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

コメントを残す

*